スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

連載⑩




第十回 「和田竜という人物と脚本」 その②


===========================


さて、その和田さんの脚本ですが、

その魅力はどこにあるのでしょうか?

今まで説明したようにこの脚本の映画化は

決して順調な道のりではありませんでした

「構想7年の大作」とか言われることもあるのですが、

簡単に言えば7年かかってしまっただけのことです。

正直、諦めかけたと言うか、

ほとんど諦めた時も何度かありました

しかしそれでも企画開発を続けられたのは、変な表現ですが、

どう考えてもこの脚本が面白い」からでした。

これだけ面白い脚本を映画化しないのはまずいのではないか、

という妙な使命感を持っていたのも事実です。

この脚本のストーリーはもちろん面白いのですが、

僕が特に惹かれたのはやはり登場人物のキャラクターでした。

彼らの価値観と言って良いのかもしれません。

のぼう達の生き様はあまりにも潔い

彼らは僕ら現代人のように全てを欲しがったりしません。

我々は知らず知らずに過剰な欲望の中で

日々を過ごしているのだと思います。

何かを諦める事を知らず、1から10までを欲しがる。

それに対しのぼう達には欲しいもの、大切なもの

優先順位が明確にあります。

彼らにとって最も重要なのはおそらく「誇り」なのでしょう。

そして「仲間」。

それを守るためには自分の財産や命までもが

二の次のものになってしまう。

その判断はあきれるくらい明確です。

そして執着や嘆きと無縁

自分達が大切だと思うことに全力を尽くすが、

尽くした限りはその結果がどうであれ

それをあっさりと受け入れます。

戦国時代における「死」と

現代におけるそれの在り方は全く違っていたはずです。

「死」は圧倒的に身近にあった

それがのぼう達の潔さに繋がっているのでしょう。

この点を指して犬童さんは

「登場人物の死生観に特徴があるね」と言っていたのかも知れません。

欲張らない人間は、潔い。

そして潔い人間達の姿はとても清々しい

清々しさは我々現代人が失ってしまった特質なのだと思います。

清々しく生きた人間を目撃する喜びがこの脚本にはあります。

読むたびに感じる爽快感、清涼感は

ここに起因するのではないでしょうか?


(つづく)

記事一覧
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。