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連載③




第三回 「和田/犬童/樋口の3クリエイターが合流するまで。」その③


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その頃、僕は監督:犬童一心、脚本:渡辺あやによる第二弾

『メゾン・ド・ヒミコ』の準備に取りかかっていました。

この映画も2000年末に企画をスタートし

やっと04年の9月末のクランクインを向える段階に来ていました。

僕は「忍ぶの城」も

犬童さんに監督をお願いしたいと考えました。

犬童さんとは99年の『金髪の草原』以来、何本かの作品をご一緒し

映画監督としての力量には全面的な信頼をおいていましたし、

何より彼の映画知識の圧倒的な豊富さを知っていたので、

時代劇も犬童さんなら撮れるだろうと考えたわけです。

今考えると時代劇未経験の監督とプロデューサーで

それも大作に挑戦するとは、なんと無謀な、と思うのですが

その当時は「時代劇を作る」という感覚はあまりなく

『ジョゼ』同様、新しい才能から生み出された

新しい脚本を映画化するんだという

意識が先にたっていたように思います。

残念ながらいつこの脚本を犬童さんに読んでもらったのかは

正確には憶えていませんが、

おそらく『ヒミコ』の準備中に読んでもらったのだと思います。

ただ犬童さんが読了後、

「登場人物の死生観に特徴があるね」

と言ったことはよく憶えています。


さて、日本映画は現在、

ほとんど「製作委員会」形式で製作が行われています。

製作委員会とは複数の企業が共同で映画を製作し

運用する事業体です。

その製作委員会の代表会社を「幹事会社」と呼び、

企画はその幹事会社が発案の場合もあれば

当社のような制作プロダクションが

幹事会社に提案する場合もあります。

僕が映画化実現のために、次に起こさなくてはならないアクションは

その製作委員会の組成です。

ですが、いきなり委員会を組成することはできません。

まずは共同で企画開発を行い、

最終的には委員会の一員となってくれる

パートナー会社を探さねばなりません。

僕は『ジョゼ』や大谷健太郎監督の『約三十の嘘』同様、

アスミック・エースの小川プロデューサーに声をかけます。

そもそもその頃小川さんとは

前述の『ヒミコ』の準備で日常的にお会いしていました。

早速脚本を読んでくれた小川さんもこの脚本を大絶賛。

犬童さんが監督することにももちろん賛成。

ただ、製作費が巨額になることは間違いなく、

どうやって製作委員会を組成するか、

つまりは製作費を調達するかが最大の問題であるという

共通認識を得ました。


(つづく)

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